空技廠で設計・改良された航空機 11

十八試局地戦闘機 震 電
(昭和19年6月 制式J7W1)
 空技廠飛行機部の「パイロット・エンジニア」鶴野正敬技術大尉の発案による「エンテ型」の高速戦闘機。エンテとはドイツ語で「鴨」のことで、主翼が胴体のずっと後ろにあり、機首が首を突き出した様子が「鴨」に似ていることから「エンテ型」と呼ばれる。
 戦闘機としては、空気抵抗を減らし800km/hを目指すことが出来、同時に胴体前半部分に武装を集中できるというメリットがある。一方で、強力なプロペラトルクのために機体が逆方向に傾くことを防ぐ措置がとられ、また、脱出の際パイロットがプロペラに巻き込まれないように、プロペラ破壊装置などの工夫がなされた。

「震電」では、従来機による格闘戦から、高速性を活かした一撃離脱へ戦法を転換することになった。

 横須賀航空隊などでグライダーテストを重ねた後に、九州飛行機に試作命令が出された。

 昭和20年8月3日、福岡県板付空港付近での試験飛行に成功、武装を完了した試作2号機が完成した時点で終戦を迎えた。

     最高速度 約750km/h (高度8,700m)
     実用上昇限度 12,000m
     ( 当時迎撃を想定したB29の侵入は高度10,580m
     で最高時速580km/h )