空技廠で設計・改良された航空機 10

十七試 艦上戦闘機 烈 風
(昭和19年5月 制式A7M1〜A7M2)
 ゼロ戦の後継機として開発が進められた十七試艦戦は、空技廠において設計主務者の堀越二郎技師ほか官民合同研究会の場で議論が重ねられた。しかし、搭載エンジン「譽(中島飛行機製)」の性能を充分に出し切れず、また、零戦並みの空戦性能と、速力の双方の要求基準を同時に満たすことは困難だった。

 昭和19年5月に完成したA7M1試作機は、「用兵側が技術者サイドにあまり口を出すと、結果として中途半端な製品になってしまう」という悪い例で、最高速度550km/h,上昇力も6,000mまで9分もかかり、空技廠関係者の「烈風」に対する期待は失望に変わった。

 しかし、三菱は軍による「生産中止」の要求を、自社責任による独自開発の条件で乗り切り、三菱製のMK9Aエンジンに積み替え、試験を重ねた結果12月になると著しい性能向上を実現した。
 これが、A7M2「烈風」として生産が開始されたが、生産工場である名古屋発動機や三菱大江工場へのB29空襲により、壊滅的な打撃を受け、2号機が完成した時点で終戦を迎え、『零戦の再現なり』と評価された「烈風」は、日本の防空を担うことはなかった。
 
        最高速度 約624km/h
        (高度5,800m A7M2試験飛行時)