空技廠で設計・改良された航空機 8

特別攻撃機 桜花 (製造番号MXY-7)
(一式陸上攻撃機に懸吊された桜花) 
2012年2月1日更新
 特攻という4,400名の若き殉国者に深く哀悼の意を捧げ、また二度とこのような兵器を製造するような日本であってはならないと誓うものである。
 特別攻撃による戦死者数は次の記述を参考にした。
 『特別攻撃隊----第二次世界大戦の末期、日本軍が採用した体当たり攻撃隊。全期間を通じての特攻戦死者数は約4,400人。本土最南端、薩摩半島の開聞岳を仰ぐ陸軍最後の特攻機地、知覧から還らざる壮途に飛びたった特攻隊員462人。』(『特攻隊員の命の声が聞こえる』PHP研究所 神坂次郎氏著)

 桜花は海軍が昭和19年に開発した特攻兵器である。その提案者である太田正一特務少尉の名前をとって
「マルダイ」とも呼ばれていた。昭和20年より実戦に投入された。実用化、量産された航空特攻兵器としては世界唯一の存在である。
桜花の母機となった一式陸攻は桜花懸吊(けんちょう)のために爆弾倉扉を撤去し、桜花への搭乗口を設けた。出撃時は桜花の自重分だけ燃料を減らしたが、速力は風を受ける桜花の抵抗で340km/h程度に落ちた。
 航空特攻機「桜花(十一型)」は、機首部に1200kg(爆薬は520kg)の徹甲爆弾を搭載している。目標付近まで母機(一式陸攻)で運んで切り離し、その後は搭乗員が誘導して目標に体当たりさせる。

 尾翼下部に見えるのは、加速用火薬ロケット(四式一号噴進器×3基)で母機からの切り離し後に火薬ロケットを作動させて加速したが、航続距離が短く、母機を目標に接近させなくてはならないため犠牲が大きく、22型以降はモータージェットでの巡航に設計変更されている。
 日本海軍では「桜花」を本土決戦への有力な兵器と見なし、カタパルト発射の43乙型は武山基地(現陸上自衛隊付近)の丘陵から発進させる計画もあった。
    全長 6m 幅 5m 全備重量 2140kg
    滑空速度 465km/h 
    加速用ロケット点火時 648km/h

    最大速度 1040km/h(急降下突撃状態の速度)
    航続距離 37km

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